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広角レンズで城の石垣を強調する
珍しく広角で撮りました。APS-Cの18ミリで、フルサイズ換算なら28ミリ相当です。ズームレンズを使ったのも私としては例外の方でした。
仕事ではもっぱら、単焦点の24ミリ(フルサイズ換算35mm相当、準広角)、50mm(75mm相当、中望遠)です。
「無段階で焦点距離が変わり、画角も変わる。始めから焦点距離を”決め打ち”したほうがその画角なりの特徴がつかめる」「大きく重くなる分、取り回しが悪い」が主な理由で、ズームから自然と離れるようになりました。
普段は準広角止まりなのは、「広角(24mm相当、28mm相当)は人間の視覚を遥かに越えた範囲が写る。ながめていると乗り物酔いしたような気分の写真になることも多い」との考えからです。
ただ、ポタリング(自転車散歩)を兼ねているときは、複数のレンズで荷物を増やしたくありません。標準ズームレンズ一本だけ持っていく場合もあります。このときがそうでした。
その広角レンズを「広い範囲がいっぺんに写るレンズ」と考えている人は少なくないでしょう。言葉の意味からして、そうです。
しかし、「近くのものはより大きく写り、遠くのものはより小さく写るレンズ」と知ると、撮り方も変わるかもしれません。このときは石垣、それも「算木積み」をより大きく写しました。
長方形の細長い石を組み合わせた角の部分です。特に強度が必要なため、ほかの部分に採用されている野面積みとは違う構造になっています。
長浜城の再建と歴史
江戸時代に入ると長浜城は廃城となりました。さらに一国一城令(1615年)により、取り壊され、天守も失われました。
建物や石垣の部材は、ほぼ入れ違いに築城された彦根城に移されたとされます。たとえば、彦根城の大手門と表門からの道が合流する要にある天秤櫓もそのひとつと伝えられています。
今の時代の私たちにすれば不思議なのですが、長浜城天守の姿はまったくといってよいほど伝わっていません。ただ、織田信長の居城だった安土城でさえ「本能寺の変の後のどのタイミングで焼失したか」「何階建てだったか」すら定説がありません。長浜城クラスでは仕方のないところなのでしょう。
1983年、長浜市はまったく手がかりのないまま長浜城の天守を再建しました。外観は、犬山城(愛知県犬山市)などを参考にしたといいます。確かに似ています。写真に撮った石垣も当然、まったく新しく作られたものです。
再建された天守は長浜市営長浜城歴史博物館として、長浜の歴史を紹介する施設になりました。周囲の豊公園(ほうこうえん)は梅と桜の名勝となっています。
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